虎屋のものづくり
「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」。この実現のために愚直なまでに真面目に取り組む姿勢こそが、脈々と続いてきた虎屋らしさです。 おいしい菓子をつくるためには、原材料の吟味や調達、職人の技術、より良い菓子をつくりたいという心意気、そして、徹底した衛生管理が必要です。 菓子づくりの先には、それを手にしてくださるお客様がいらっしゃる。 お客様が実際に召しあがる場面を思い描きながら、細部まで妥協せず誠実に菓子をおつくりしています。 菓子づくりに終わりはありません。
機械と手仕事の融合
さらなるおいしさを追求するために、職人の手仕事と機械、それぞれの良いところを融合し、製造工程の最適化を進めています。人の手より機械の方が優れているような、安定性や持続性が求められる作業には、独自の機械を導入。たとえば、羊羹を煉る工程には、工夫を重ねた末に、最適な機械を開発しました。一方、豆を煮る際の火入れの加減や仕上げのタイミングなどは、職人の経験と五感がものを言います。 “えんま”と呼ばれる大きなしゃもじから滴る羊羹の垂れ具合をみて、煉りあげの加減を確かめるなど、要所では必ず人の手を入れて細やかな按配をしています。熟練の職人が、自らの手仕事と機械を一本化して、おいしさを極めていく。この発想により、質の安定・向上とともに、確かな量産体制を築いています。
手仕事の深み
機械では私どもが求める菓子をつくり出すことができない場合には、たとえ何千個というご注文を頂いたとしても一つひとつ手づくりしています。大切にしているのは、おいしさをより高め、美しい姿に仕上げる「技術」、そしておいしい菓子をつくりたいという「心意気」です。たとえば、菖蒲を描いた薯蕷饅頭『菖蒲饅』では、良い食感と美しさを求めて、皮の厚さを均一にし、底はもちろんのこと、目に見えない部分にまで意識を向け、全体を丁寧に仕上げています。仕上げとなる表面の絵付けでは、緑の葉を描くとき、下から上へと勢いよく、大地から天に向かって力強く伸びる葉の姿そのままに筆を入れています。上から下に描く方が効率は良いし、どちらから描いても一見して違いは分かりません。しかし、伸び伸びと成長するさまを表現するという心意気をもって、菓子に命を吹き込んでいるのです。
天然であるがゆえに品質が一定ではない原材料、気温や湿度などの製造場の環境、木型や焼き印などの道具の状態、そして一番の道具である自分の手の感覚も日々異なります。それらを、これまでの経験や知識を生かし、見極め調和させることで、安定した品質の菓子につくりあげています。
「より良いものを」
虎の疾走感を黄と黒の斑模様で表した羊羹『千里の風』(1994年初出)は、社内コンテストから生まれました。当初、この複雑な模様は「意匠としては素晴らしいが、実現は無理」とされました。しかし、職人たちはあきらめません。熟練者が個々の技を重ねて試行錯誤を繰り返し、ついに新しい技法を編み出し、商品化に至りました。さらに今日でも、「もっと美しい模様が出せないか」と日々職人が工夫を凝らし、製法に改良を加えています。「現状に満足していては進歩がない。より良いものをおつくりしたい。」その思いをもって、菓子づくりに励んでいます。
技術や知識の向上のために
菓子をつくるのは「人」です。社員一人ひとりの成長が、菓子のおいしさにもつながると考えています。一つの菓子をつくるためには、技術の向上はもちろん、菓子づくりに欠かせない原材料や道具に関する知識の取得が重要です。製造部門では、菓子づくりの技術に加え、素材の性質、製法の意味や変遷などをしっかりと理解し、自ら考え、行動できる人材をつくるための取り組みを行なっています。
科学的視点からのアプロ―チ
長い歴史の中で伝わってきた菓子の中には、製造工程や配合の理由などが明確になっていないものも少なくありません。また、菓子づくりに必要な原材料には、生産者の減少などによって希少になりつつあるもの、農産物であるがゆえに年度により品質に差があるものなどがあります。それゆえ、時に菓子づくりには困難を伴うこともあります。そのような背景のもと、研究部門では原材料や製品の研究を行ない、生産者支援やさらなるおいしさの追求といった課題解決に取り組んでいます。 たとえば、小豆や白小豆、寒天、黒砂糖などについては、より安定的で質の高い原材料となるよう、社内での研究に留まらず、生産者の方や公的機関と協働することもあります。そのほか、小豆から餡、餡から菓子に至るまでの製造工程や品質に関する研究・検証についても数多く行ない、各工程が菓子の味や品質に与える影響を研究しています。 「少し甘く、少し硬く、後味良く」。この言葉は虎屋の菓子、特に羊羹の特徴を簡潔に表したものですが、言葉の通り、羊羹のおいしさには小豆の風味や砂糖の甘さといった「味」だけではなく、「食感」も関与しています。おいしさの研究では、ヒトがおいしいと感じる要素について官能評価とよばれる手法で統計的に数値化し、客観的な理化学機器による数値との対応関係を検証しています。このようにして、おいしさと数値を紐付けした結果からは、虎屋の菓子の特徴のひとつである「後味良く」には食感も大きく影響していることが分かりました。数値による意味づけを行なうことで、これまで職人たちが経験から得てきた知識の裏づけや技術の蓄積に生かされています。 研究部門は科学的な視点から「虎屋の菓子づくり」を担っています。
ものづくりにおける環境負荷の低減
安全でおいしい和菓子をつくり続けるためには、良質な素材が育まれる自然環境が不可欠です。先人たちが大切に守ってきたこの自然を未来へとつなぐ努力をし、これから先も、より一層喜んでいただける和菓子をおつくりしていきたいと考えます。
副産物の有効利用
小豆から餡をつくる際、煮た豆の皮が残ります。餡を生産している各工場では、この豆の皮の有効利用を進めています。御殿場工場では、飼料として有価で売却しており、国産の豆のみを使った有用な物として、飼料の品質にこだわりを持っている畜産農家で利用されています。京都工場では、近隣の処理施設に委託し、バイオガス発電に利用されています。
工場における省エネルギー
羊羹を煉りあげる熱源は蒸気であり、主要な工場の全てで、高効率ボイラーを採用し、エネルギーの削減を図っています。また東京工場、御殿場工場では、温室効果ガス削減のため、灯油から都市ガスへ、よりクリーンなエネルギーへの燃料転換を実施しています。